つくば市春日にあるラーメン店。つけ麺としてはつくばでは老舗。

昭和53年(1978)頃に、『丸長(上池袋)』の支店としてオープンした。『丸長(上池袋)』は、『阿佐ヶ谷丸長』で修行した人の店で、昭和56年に故郷の長野市に移転した。

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『丸長』の系列は古い。1947年12月、青木勝治氏が、弟2人(青木保一氏、青木甲七郎氏)、義兄弟の山上信成氏らと、荻窪駅前に『中華そば 丸長』を開いたのが淵源。

やがて店舗が増え、勝治氏が『丸長(荻窪)』、保一氏が『栄楽(阿佐ヶ谷)』(後の阿佐ヶ谷丸長)、甲七郎氏が『栄龍軒(荻窪)』、山上氏が『丸信(荻窪)』を分担し、その後は独自に経営して行った。丸長つくば店の店主が修行した上池袋の店主は、阿佐ヶ谷丸長で修行した。

その後、保一氏の『栄楽(阿佐ヶ谷)』からは、坂口正保氏が独立、『中野大勝軒』『代々木上原大勝軒』を立ち上げた。さらに坂口氏には、又従兄弟の山岸一雄氏が合流、『中野大勝軒』の店長を経て、1961年に『東池袋大勝軒』を開いた。山岸氏が『中野大勝軒』時代に、まかない食から考案した“もりそば”は、『東池袋大勝軒』開業当初からのメニューとなり、これが日本のラーメン界における“つけ麺”の始まりとされ、山岸氏は、つけ麺の考案者として知られる。このつけ麺が、丸長グループでも広まったとされる。

『丸長』『大勝軒』は、『丸長(荻窪)』から、親族及び姻戚関係に加え、長年の修行の後のもとに、派生していったラーメン店で、暖簾分けという形で、ロイヤリティや暖簾料なしに、独立することができた。山岸氏もこの過程を経てきた。これらの店の結びつきは「丸長のれん会」という形で現在まで続いてる。

しかし、1990年代頃から、『東池袋大勝軒』の山岸氏が、多くの弟子を採用、血縁及び姻戚関係なしに、さらに、3日〜3ヶ月など極めて短期間の修行で、ロイヤリティや暖簾料なしに、「大勝軒」の暖簾を使うことを容認し、ラーメンブームの勢いもあり、「大勝軒」と名乗る店が急増した。『丸長(荻窪)』から続く、従来型の暖簾分けシステムとは異なる「大勝軒」の名を持つ店が大量に(70〜80店ともいわれてる)存在するようになった。

つくば近郊には、茨城大勝軒佐貫本店を軸とする茨城大勝軒系(麺屋こうじグループ)の店が多数あるが、これらの店を代表取締役社長として束ねる田代氏は、33歳の時に「成功するにはラーメン屋だ!」と一念発起、一度は電話で断られながらも、あきらめきれずに閉店後の『東池袋大勝軒』に行き、直接会った山岸一雄会長に「やりたかったらおいで。ただし、給料は出ないよ。」と言われながらも、入店を決意し、無給の修行生活を3ヶ月したという。この修行時代に、山岸一雄と一緒にとった写真を看板などに大きく載せ、山岸一雄の名と大勝軒の看板を、事業に最大限に利用している。

山岸氏は、田代氏などの弟子に対し、短期間修行させただけで無料で看板を使わせて、支配したり金を徴収したりしないのに対し、田代氏は、弟子を何年も支配して金を徴収し続けてているようだ。麺屋こうじグループの店が、どうして自由に独立しないのか不思議な感じ。



1階が店舗、2階がアパートになってる2棟の建物が、駐車場を挟んで90°の向きに建ってる。南側の建物1階には、『誠寿司』がある。

東側建物に1階に店がある。暖簾をくぐり、扉を開けて店の中に入る。



店内は、横に長い長方形型。右手に厨房と、通路風の空間を間に、カウンター席(3席)がある。



左手は奥が小上り席(6人卓×3)になってて、通路を隔てて、手前にテーブル席(4人用×4)が配置されてる。店内は、華美さなく、実用的で、赤い天板のテーブルが配置されてて、昭和っぽいレトロぽさがちょっと漂ってる。

接客担当の若い従業員2人(男性と女性)に、いらっしゃいませと迎えられて、空いてる席に座った。

厨房では、従業員1人とともに頭のタオルを巻いたちょっと小柄な60代位の男性が働いてて、この人が店主のよう。



壁にメニューが掲示されてた。昼のメニューは、たったこれだけで、夜は別のメニューにあるそう。

ちょっと考えて、デフォルトのつけ麺¥600、ラー麺¥500、ギョーザ¥380を注文した。



 つけ麺 ¥600

つけ麺は、大きめの丸皿に盛られてて、小丼に入った温かいつけ汁が添えてある。麺は、少し平べったい極太麺で、長さは50〜60cmとやや長め。洗いたてで水分をまとって、艶々と光ってる。

つけ汁は、熱くはない人肌程度の温度のもので、表面にネギと唐辛子の粉末が少量浮いてた。口に含んでみると、甘みはなく、シャープな酸味&ピリッとした辛みが効いてて、つけ汁の中には、細切りの焼豚とナルトが各3本位づつ入ってた。

つけ汁に麺を付けて食べると、麺に長さがあるので、ツルツルとしたのどごしの良さだけでなく、すすりながら豪快に食べられる。酸味の効いたつけ汁によって、あっさりとした味わいで、最初は麺の量が少し多めに感じたのに、あっという間に完食できた。


 ラー麺 ¥500

・麺…やや平べったい極太麺
・スープ…油分やや控えめ、
・具…焼豚、メンマ、ナルト、のり、長ネギ

スープは、醤油色中くらいで、混濁強くなく、突出した個性はないが、どことなく和風で懐かしい味わい。麺は、やや平べったい極太麺で、つけ麺と同じ麺が使われてて、ツルツルとした食感でのどごしよく食べられる。焼豚は、脂身少なく、少し硬めのもの。斜め切りのナルト入りで、昭和のラーメンを彷彿させる。


 ギョーザ ¥380

ギョーザは、平たい形のが5ヶ、適度に焦げ目を付けて焼き上げてあった。皮の部分がしっとりしてて、冷凍保存してあったよう。具は野菜中心っっぽく、ヘルシー感覚で食べられた。

 

夜メニューに興味があったので、再訪。

夜メニューは、麺類(5種)、チャーハンや丼物、炒物(6種)がある。その中から、野菜炒¥500など数品を注文してみた。


 野菜炒 ¥500

野菜炒めは、楕円のお皿に、こんもりと盛付けてあった。豚肉、キャベツ、もやし、人参、ピーマンが、強火で炒めてあって、水っぽさなくシャキシャキとした歯ごたえ。豚肉も多めに入ってて、間違って肉入野菜炒め¥700を注文しちゃったかと思った。ほんのり甘みのある味付けになってて、食べやすかった。


 スタミナ麺 ¥750

スタミナ麺は、しっかりめに炒めた具(豚肉、ニラ、人参、玉ねぎ)が入ってて、ぽったりとしたスープの中には、つけ麺と同じ、極太麺が沈んでる。

辛みとニンニクがしっかりめに効いてて、作りたての熱さに加えて、辛さによって、食べ進むと汗がふきだしてくる。


 湯麺 ¥650

湯麺は、たっぷりの油で炒めた野菜(キャベツ、もやし、人参、ニラ、豚肉、キクラゲなど)とその下には、つけ麺と同じ、極太麺が入ってた。野菜はしっかりめに加熱してあって、シャキシャキ感は控えめだが、スープと馴染んで食べやすくなってた。


 焼飯 ¥600

焼飯は、こんもり半球形に盛り付けられてて、福神漬けとスープが添えられてた。

ごはん、卵、長ネギ、なるとがたっぷりの油で香ばしく炒めてあって、食べ進んで行くと、焼飯の下の方(お皿表面)には、油がたまっていて、後半はちょっと油っぽく感じた。


 中華丼 ¥650

中華丼は、作りたての熱々。餡で絡めた具(キャベツ、ピーマン、人参、ナルト、きくらげ、豚肉など)が、たっぷりごはんの上にかかってた。

ぽったり濃度のある餡が、油で炒めた具をしっかりとまとめてて、見た目以上にボリュームたっぷりだった。

客の大多数が、つけ麺を食べていて、寒い季節にも、つけ麺の人気が落ちないことに、ちょっとびっくりした。夜は、ギョーザを食べながらビールを飲んでるグループや、1人で来てる女性客もいて、客層が広いみたい。

この店のつけ麺は、他の店のと比べて100円安い。丸長の源流の、みんなにお腹いっぱいになってもらいたいという気持ちが感じられた。おすすめ度7.0。

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■『つけ麺 丸長』
 茨城県つくば市春日4-12-3
 電話:029-851-6014
 営業時間:
  11:30〜15:00
  18:00〜20:30
 定休日: 水曜日