上野のヒレカツ専門店。創業は大正元年(1912)で、日本で初めて豚ヒレ肉を使ったとんかつ=ヒレカツを作った。

御徒町駅の80m程西にある。切妻屋根の木造モルタル2階建て。

いわゆる上野とんかつ御三家というのは、この『蓬莱屋』と、『ぽん多』、『双葉』である。さらに『蘭亭ぽん多』『井泉本店』を加えて、上野とんかつ御五家と呼ばれる≫人気blogランキング

大正元年(1912)、上野松坂屋の南の横丁に屋台として創業。当時から、ヒレカツだけを扱う。昭和3年(1928)、松坂屋の裏の現在の場所に店を構える。昭和23年(1948)に建て替え、1階:カウンター9席、2階:8畳と2畳の座敷。その後改築、2階:6帖×2間という現在の建物となる。

カツレツの語源は、フランス語の「cotelette(コートレット)」と言われ、子牛・羊・豚などの骨付き背肉(ロース肉)という意味。明治に「cutlet(カットレット)」(英語)という西洋料理として日本に入ってきた。当時は、使用する肉の種類やレシピによって、衣を付けずに焼くソテー風の料理であったり、卵そしてパン粉をつけてバターで焼く料理であったり、さまざまだったよう。

明治32年(1899)、銀座の洋食屋『煉瓦亭』(1895年創業)の初代店主:木田元次郎が、薄切り豚肉に衣(小麦粉、卵、パン粉)を付けて、たっぷりの油でカラッと油で揚げる調理法を作り出し、ポークカツレツというメニューで売リ出した。これが現在のとんかつの始まりのよう。

この頃は、薄切豚肉使用で、デミグラスソース、温野菜、パン、ナイフ&フォークで食べる料理だった。

昭和4年(1929)頃、東京上野『ポンチ軒』(東京大空襲により廃業)で島田信二郎(元宮内省大膳職西洋料理担当、『ぽん多本家』創業者)が厚い豚肉(2〜3センチ)でのカツレツを作りに挑み、中心までじっくり火を通すと調理法を考案し、箸で食べやすいようあらかじめ包丁で切り分けたスタイルで客に提供するようになった。

これにより、島田信二郎がとんかつの命名者で、この頃「とんかつ」が完成したとも言われる。しかし、島田信二郎は『とんかつ』といわれるのが嫌いであったこと、「ぽん多本家」では現在でも、とんかつではなく、「カツレツ」として料理を提供していること。さらに、永井荷風がそれより以前に、「随筆 銀座」(1911年筆)の中で、トンカツ、という言葉を使っている。詳細不明だが、ポークカツレツ→呼びやすい「豚(とん)」+「カツ(レツ)」へと、露店などで自然発生的に「とんかつ」と呼ばれるようになっていったようである。

現在でも、ポークカツレツ、とんかつ、の境界は定かではない。ぽん多本家、煉瓦亭では現在もポークカツレツとして提供されてる。また、島田信二郎の考案した調理法でのとんかつは、その調理方法から「低温とんかつ」と呼ばれている。




上野松坂屋本館の東側(裏手)路地を超えた向かい側にある。

ビル街の狭間に佇む、昭和を思わせる懐かしい風情漂う店で、全く目立たない。

店頭にはメニューや貼り紙など一切なく、白い暖簾と鉢植えの木があるだけの、潔ぎ良さすら感じられる店構え。デパート裏のうらぶれた場所にありながら、風格と気品すら感じられる。

ちょっと緊張しつつ、玄関引戸を開けて店の中に。



入ると、幅の狭めの店内は、右手が厨房とそれに面したL字のカウンター席になってた。カウンター内の厨房にいた白い調理着姿の男性(2〜3人に)にいらっしゃいませと迎えられ、人数を聞かれ答えると、お2階へどうぞと言われた。

このカウンター内の厨房は、コンパクト。玄関側のカウンター席内側には、埋め込み式釜型の大きな油鍋が2つ並び、調理台の上にはキャベツの盛られた白皿が数枚並んでるだけで、すっきり片付いてて、ここでは揚げる作業だけを行ってる様子。

右手(壁際)の油鍋からは、高温らしく白い煙がたちのぼってた。隣のは、煙がでてなくて、それより低い温度の油鍋で、とんかつは、温度の違う2つの鍋で2度揚げして作ってるよう。

こちらにどうぞと誘導され、正面奥へと、カウンター席に座ってる男性の後ろを通って3m程進み、突き当たり壁際にあるレジ横を右に折れて数歩進み、厨房をかすめながら奥へと伸びてる通路を進んでいく。

 

奥に伸びてる通路の左手は、縦に細長い厨房になってて、生肉やキャベツなどの食材の置かれてた。調理着姿の女性と男性が、キャベツを刻んだり、肉をミンチにしたりする作業をしてて、それを見ながら、5〜6m程進んでいくと、暗めの階段があり、上り口のところでで靴を脱いで(脱ぎっぱなしでいい)やや急な階段を13段程上っていく。



階段を上りきると、正面にお座敷席(6帖)があった。

2階担当の接客係の女性に待機してたようにタイミングよく迎えられて、短い廊下を間に、もう1部屋あるお座敷席(6帖)へと案内された。座る卓には、すでに座布団が配置されてて、2階席に案内される場合には、1階からの連絡によって、人数分の席を準備して誘導しているよう。



映画監督:小津安二郎が通った店として有名で、『秋刀魚の味』を見たら、とんかつ屋のシーンは確かに、この2階席のイメージ。そこで出てくるとんかつは、この店の本物だそう。

神棚のある部屋で、壁の一輪挿しには生花が生けられてた。

 

テーブル上には、ソースと爪楊枝が置かれてるだけ。お茶と一緒に運ばれて来た箸袋も極めてシンプル。最近の人気とんかつ店と比べると、素っ気なく感じる程、派手さはない。

 

メニューから、ちょっと考えて、ヒレカツ定食¥2900、串カツ定食¥1900を注文した。

奥のテーブルには、40〜50代位のちょっと身なりのいいビジネスマンの3人連れが座ってた。3人ともヒレカツ定食¥2900を注文してて、3人ともキャベツやごはんをお替わりしてて、メニューには表示されてなかったが、ごはん、キャベツのおかわりが出来る店のよう。

他のグループの男性客は、実はロースかつの方が好きなんだよと話をしてた。

ちょっと待ってたら、料理、ごはん、みそ汁などがほぼ同時に運ばれてきた。



 ヒレカツ定食 ¥2900

ヒレカツ定食は、シンプルな白皿に15cm位の俵状の形のヒレカツ(ほぼ均等に6つにカットしてある)が、繊細に切られた千切りキャベツをこんもり添えて盛付けてあって、ごはん、みそ汁、漬物、別皿でマスタードが付いてた。

ヒレカツは、細めのパン粉で、濃い色に揚げてあり、一瞬新潟のタレカツかと思ってしまた。肉の断面は、ハート型っぽい形をしてて、ピンク色の部分なく、内側までしっかりめに熱が入ってた。しっかりめに熱が入ってるのでジューシーではないが、スジなどのない、極めの整った上質な肉で、ヒレカツらしい柔らかな食感だった。脂身のない淡白な肉質が、テーブル上に準備されてた、甘さの少ない、さらさらとした液状のウスターソースとの相性よく、ソースの酸味によって、さっぱりととんかつが味わえた。

最近は、とんかつソースが、壷などの器に入ってて、柄杓で掛ける店が多い。見栄えはいいが、実は、垂れるし、かけにくいし、量も調節しにくい。この店は、簡素なソース差しに入ってて、地味だが使いやすい。

私のように、最初に、とんかつ全体にソースをかけてから食べるのではなく、衣のサクサク感を生かすべく、小皿などにソースを入れてとんかつを付けながら食べる、もしくは、食べる分だけのカツにソースをかけて(ソースを何回にも分けて)食べ進む者には、使い易かった。

キャベツは、細めに切ってあるので、モソモソ感なく、ドレッシングではなくても、甘み抑えたウスターソースとの絡みがいい。ふんわり盛られてるので、食感が、主役であるヒレカツをひき立ててる。

ごはんは、紺地に白い水玉模様の昔風のごはん茶碗によそってあった。この茶碗、ロングセラーらしく、持ちやすく、よそってあるご飯の量が調度いい。使い慣れた形の器の、体に馴染んでる感じが良いことに、今更ながら気づく。

みそ汁は、お椀ではなく、小鉢風の器に入ってた。甘さなく、若干酸味のある、素朴な田舎風みそ汁で、具は緑色のインゲンだけ。みそ汁は、具沢山のが高級だと思ってる人には、手を抜いてると誤解しそうだが、人工的な甘さのない、発酵食品である素朴な味噌らしい味で、昔風のちゃんとしたみそ汁。今時、なかなか食べられない。私は、赤だしより、こういうみそ汁の方がごはんによく合うので好き。

漬物は、市販らしい2種盛りで、自家製の方がうれしいかも。


 串カツ定食 ¥1900

串カツ定食は、シンプルな白皿に、形の整った串カツ4本が、串を抜いた状態で、千切りキャベツをこんもり添えて、盛り付けてあった。

串カツは、ヒレ肉、長ネギ、ヒレ肉、長ネギと交互に串に刺して、細めのパン粉を付けて揚げてあった。串カツは、形の歪な肉を使う店が多いが、この店では、スジや割れなどのない、ちゃんとしたヒレ肉が使ってあった。肉の大きさも一定してて、どの串カツも大きさと形が整い、食べやすかった。また、具(肉と長ネギ)と衣との密着度がすばらしい。隙間なく、吸い付くように具と衣が一体化してて、素材のうまみを衣の中に、封じ込めてるよう。

肉と肉との間にある長ネギは、表面の一部が焦げたように茶色で、予め焼いてから揚げたのかと思った。しかし、この店では、煙が出るほど高温の油→それよりやや低めの油、の順に2度揚げしてるので、焦げたような部分は、焼いたのではなく、煙が出るほど高温の油によるものかも。臭みのない、シャキシャキ感があるのに、ジューシーで甘みのある、長ネギ特有のうまみが十分に発揮されてた。玉ねぎを使った串カツでは出せない、大人の向きの串カツ。串カツ好きの私が、今まで食べた中で最高の串カツだった!!!

 
(左)お替わりキャベツ
(右)食後のおしぼり

接客係の女性に、キャベツやごはんのお替わりを告げると、おかわりのごはんは素早く(2階に保温釜が置かれてて、そこからすぐに別のごはん茶碗で持ってきてくれる)運んで来てくれる。キャベツは、1階からくるようで、ごはんより少し遅れてくる。

また、食後には、新しいおしぼり(厚地のタオルおしぼり)が運ばれてくる。これで手を拭くと(おじさんたちは顔も拭いてた)さっぱりと食事を締めくくれた。

食事を終えて、客が帰ったテーブルは、下膳し、テーブルをきれいに拭いて、ソース差しが満タンのと取り替えられる。また、使用した座布団も重ねられていた。

帰る際は、会計は1階(カウンター席後ろのレジ)で行う。暗くて、昔風の傾斜の急な階段を降りていくと、その下には、靴が準備されてた。出しっ放しだったのではなく、脱いだ靴を従業員が収納し、客が帰る際に2階からの連絡で、はきやすいよう並べているようだ。さりげなく、客の行動に合わせる控えめで的確な古き良き日本人の気配りが感じられた。老舗の風格ってこんなところにあるのかも。

ヒレカツは、脂身がなく淡白なので、男性や若者には物足りなく感じられる。私も以前はそう思っていたが、柔らかで食べやすく、とんかつを食べると時々感じる胃もたれ感も起きなかったので、年配やあさり食事を済ませたい人にはよさそう。

昭和初期の雰囲気に浸れて、タイムスリップしたような店。値段は高めだが、ぎゅうぎゅう詰めになることもなく、昔の日本のとんかつが楽しめる。上野に行ったら行きたい店。串カツは思い出すとまた食べたくなってしまった。おすすめ度は、7.5、としよう。

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ヒレカツ専門店『蓬莱屋(ほうらいや)』
 東京都台東区上野3-28-5
 電話:03-3831-5783
 営業時間
 月~土…11:30~13:30
     17:00~19:30
 日祝… 11:30~13:30
     16:00~19:00
 定休日:水曜日